歴史|クレアホームズ北浦和 楓雅の邸|北浦和の誇り、静なる奥座敷に刻む。

クレアホームズ北浦和 楓雅の邸

History

歴史が物語る格式の地
「大戸4丁目」の成り立ち。

「住宅地トシテ最モ適セルヲ以テ」、
早くから邸宅街が形成された歴史ある街。

本物件が立地する「大戸4丁目」は、「北浦和」駅 西側に邸宅街が成立する端緒となった「浦和耕地整理事業」で生まれた整形街区にあります。「住宅地トシテ最モ適セル」とは、当時の事業組合の言葉ですが、大宮台地のしっかりした地盤にあり、洪水、液状化などの心配も少なく、東京都心への交通利便に恵まれた当地は、まさに理想的な住宅地として、以降、今日に続く発展を遂げました。

「浦和耕地整理事業」(1922~34年)で誕生した整形街区
「大戸」のゆとりある街並みがすでに形成されていたことがわかります。
大宮台地概念図 ※埼玉県「埼玉県地形分類図」より
浸水予測図 ※さいたま市「洪水ハザードマップ」より
液状化危険度予測図 ※さいたま市「防災カルテ」より
「大戸4丁目」の矜持を伝える国の登録有形文化財
小林元厚相邸宅跡「会席料理 二木屋」
(徒歩3分/約180m)

浦和・北浦和エリアを代表する高級料亭「会席料理 二木屋」は、昭和10年頃に陸軍将校によって建てられた家屋を、昭和17年に後の厚生大臣、小林英三代議士が疎開先として購入したものです。その和建築は極めて豪壮かつ貴重なもので、国の有形文化財に登録されています。「大戸4丁目」の歴史を語る上では欠かすことのできない、シンボル的な存在です。

祖父と父から受け継いだ古い家をそのままに二木屋をはじめました。 懐かしい味、本物の味、日本の代表食材・和牛、家に伝わる味・・・お茶時の料理である"懐石"はあえて名のらず、楽しく集まって食べる"会席"を 選んで、日本の味を伝えていきたいと思っています。

「会席料理 二木屋」
主人 小林玖仁男氏

「北浦和」の静なる奥座敷。

「北浦和」駅西口は、戦前の街づくりの経緯から駅前の大型公園の後背地に邸宅街が広がる、独特な街並みとなっています。この閑静な低層住宅地は、いわば北浦和の奥座敷。 そして、本物件は、その中でも最も「北浦和」駅に近い、「大戸4丁目」の一画を得たのです。駅前の喧噪を離れ、暮らしの利便と環境の良さを両立させうる羨望の地。 その伝統と格式の街に、本物件は誕生します。

「北浦和」駅西口より
望む北浦和公園
北浦和公園
(徒歩7分/約520m)
「北浦和」駅・「浦和」駅周辺の街づくり方針図
※さいたま市「都市計画マスタープラン」より
芸術・文化の街「北浦和」と浦和画家

戦前、風光明媚な別所沼周辺には、40名以上もの画家が居住し、アトリエ村を形成していました。彼らは、浦和画家と呼ばれ、彼らの芸術活動が、芸術・文化都市として知られる「北浦和」につながったといえるでしょう。「北浦和公園」内にある「県立近代美術館」は、浦和画家たちの作品を多数収蔵しており、彼らの画業を尋ねることができます。
洋画家 林倭衛
(はやし・しずえ)
1895-1945
「大戸」に居住した浦和画家の一人。

県立近代美術館(徒歩7分/約520m)

※掲載の環境写真は、2016年5月に撮影したものです。※掲載の徒歩分数はすべて80mを1分として算出しており、小数点以下を切り上げています。
※掲載の情報は2016年6月現在のもので、内容は変更となる場合があります。